『追われゆく坑夫たち』上野英信

ブラック炭鉱の小宇宙

すべてのヤマがそれぞれに「万邦無比」の絶対君主国家なのである。

炭鉱労働者の過酷な環境や、炭鉱をめぐる組合活動の顛末、また石炭不況によって、あてもなく放り出された労働者たちの様子を、著者の実体験をもとに描く本です。

著者の上野英信氏は、炭鉱労働に従事しながら、実体験をもとにした作品を刊行した人物です。元は満州国建国大学の学生であり、復員後は京都大学に編入しましたが、中退しています。
変わった経歴を歩んでいます。

この本で紹介される筑豊や九州の中小炭鉱が、まさに小さな北朝鮮状態だったことがわかります。
法律や監視の目の届かないところには、どこであれ小さな北朝鮮と金正恩が生起します。

中小炭鉱

著者が初めに採用されたのは中小炭鉱でしたが、そこにいる坑夫たちは、厳しい労働環境や待遇に苦しんでいました。

株式会社という帽子をかぶった暴力団であり、事業所という壁をめぐらした監獄であり、従業員として登録された囚人であり奴隷であるという点で、なんといっさいの中小炭鉱は似ていることか。

……坑内の保安検査にやってくる鉱山保安監督官の眼をごまかすために、保安状態のわるい現場や鉱区外の盗掘箇所に通じる坑道を崩落させて密閉し、たびたび作業中の坑夫たちを生き埋めにしてきたという事実である。

中小炭鉱は、経営者による搾取が甚だしいだけでなく、石炭産業自体の終焉にも大きな影響を受けていました。
経営が苦しくなると、給料の未払いが発生し、やがて現物配給制度が取り入れられます。最終的に、そのまま鉱山自体がつぶれるということもありました。

金券制度になると同時にまずまっさきに米麦が入らなくなり、人々は乾うどんで腹をふくらます以外にみちがなくなった。

だが、問題はその量や価格にあるのではなくて、賃金として支払われるはずのこのわずかな量の米麦までが、実は出稼強制のエサ、時にはムチとして用いられていることにある。
……出稼の予約とひきかえに米を支給しているのだ。

130名の従業員のうち少なくとも70名はたえず血を売って飢えをしのいでいた。

炭鉱からタコ部屋へ

炭鉱労働者の中には、北海道のタコ部屋に送られた者もいました。

タコ部屋労働とは、主に北海道の炭鉱や道路・トンネル建設等で用いられた就業形態です。
募集屋が集めてきた労働者を監禁し、暴力を伴う管理によって働かせる形態を言います。労働者は棒頭や納屋頭と呼ばれる下請けのボスの監督下で、重労働に従事させられました1

明治政府が北海道開拓に際して、囚人を使役したのがその起源となっています。

著者がインタビューしたある労働者は、北海道のタコ部屋で満期まで働いたところ、親分に呼ばれて、祝いに風俗にいけといわれたが拒否しました。いけば給料の強制的な前借りとなり、また働かなければならないからです。
ところが親分の指示を断ったために、手下からリンチを受けました。

そしたらとうとうおれを柱にしばりつけて、真っ赤に焼いた鉄の棒でおれの足をやきはじめた。……そのうちに肉がとけてしまって、骨まででてきた。痛いのなんの、気が狂うようにあった。……ところが、どうか。こうして拷問するだけしたあげくが、やめさせてくれるどころか、命令をきかなかった罰じゃといって、その日からまた坑内にたたきこみやがった。

ひどい拷問を受けても、この労働者は我慢して働きました。
すると何がおこったでしょうか。

まえのとおりまた親方の部屋に呼びつけられた。
……ところが部屋に入ってみると、親方が紋付をきて座っておる。そのまえにごちそうの山じゃ。
……すると親方が「きさまのような強情な男は生まれてはじめてじゃ。おれの部屋に入った者で、これまで満足な体のままシャバに帰したやつはひとりもおらんが、きさまの強情に免じて特別に帰してやる。今日はその祝いじゃ」というて酒をついでくれ、200円という餞別までくれた。

人間というもんは、なんとなさけないもんか。つい今の今まで、なんとしても仇をとってやろう、恨みを晴らしてやろうと思い詰めておったのに、こうして親切に頭をさすられたとたんに、もうきれいさっぱりと忘れてしまって、うれし涙をこぼして親方をおがんでしまった。

飴とムチでターゲットの精神を破壊し洗脳させる教団を想起させます。

コスモロジー:悪の天才たち


『明るい炭鉱』という、北海道幌内炭鉱で育った吉岡宏高氏2の本があります。
吉岡氏の著作によれば、筑豊は炭鉱の中でも特殊なエリアでした。すなわち、中小炭鉱が多数存在し、明治以来の過酷な風習が石炭産業の終わりまで残されていました。

こうした中小炭鉱の経営者たちは、違法あるいは脱法的な手法で利益を上げることに腐心しました。
例えば、障害者だけを雇って安く働かせている山があったといいます。こうした障害者は皆、炭鉱労働で手足を失ったり視力を失ったりした人々でした。

さらに、坑夫がケガをした場合は労災給付金を会社が全額受け取って、けが人をそのまま働かせることもありました。

すべてのヤマがそれぞれに「万邦無比」の絶対君主国家なのである。

……仕事にでなかった坑夫を副社長が桟橋につりさげたり、ノソン(無許可の昇降)をしかけた坑夫の頭に係員がツルハシをうちこんで殺すというような暴力ヤマであった。

従業員100名ばかりの小ヤマであるが、係員も労働者もいれずみをした者ばかり、たえず日本刀で斬りあったりというような、ものすごい暴力炭鉱であった。

給料の不払いや計画破産をはじめとして、様々な悪の技術が駆使されました。

「あがり銭」とは文字通り坑内からあがってくると同時に支払われる内払賃金であり、通例その額は当日の「切り賃」(出炭賃)の20パーセントである。残りの80%はいつ支払われるのか。
もちろん、それは無期限に遅らされてゆく。

悪辣きわまる心理戦術家は、こうして労働者の善意あふれる奉仕の血を吸うだけ吸ったあげくに、涙を流して閉山を宣告する。
もちろん偽装閉山にすぎない。
まもなく彼は前回同様の戦術でヤマを再開し、ますます肥え太ってゆく。

彼らにとっては、これらの内職希望者は持参金つきの花嫁のごときものである。彼らはその持参金のうえにのっかって、恐るべき低賃金でこき使う。

業者たちはこれを称して「国家補助」という。

こうした悪徳業者の中には、わざわざ失業者を外から求めず、偽装閉山して従業員に失業保険を取らせながら盗掘操業し、暴利をむさぼるものもある。

業者の中には機械を売却して人を安くつかうことを選ぶものがいました。
機械化・DXならぬ、人力化です。

「もうこうなったら前近代的な経営にもどるだけだ」
「金を使って人を使うぐらいバカでもできる。一文の金も使わずに人を使うのがほんとうの経営だ」と、中小炭鉱経営者はうそぶく。

「機械をあげて人間をさげろ!」「機械をたたき売って人間をたたきこめ!」それがかれらのスローガンである。

しかし、どれほど徹底的に人力化しようとも、なおかつ必要とされる最小限の動力用電気や生産用具類や保安資材類がある。いかなる方法でそれは供給され補充されるのか。
一切労働者の負担においてである。
……ダイナマイト代まで労働者の自己負担である。

経営者は保安設備をおろそかにする一方、事故で炭鉱労働者が死ぬと、労働者に対し、安全管理を怠るなと訓示を述べました。
遺族は、坑内で死んだ労働者の葬式に出てきた社長を見て、感謝の涙を流します。

軍艦島

現在、世界遺産となっている軍艦島(端島炭鉱)は、かつて労働者の中でも最もおそれられた炭鉱の1つでした。
私も実際に訪問し、上陸ツアーに参加したことがありますが、現代の価値観に照らして問題的な労働環境についてはあまり触れず、昭和のノスタルジーを喚起するような展示設計となっていました。

「命令に背いたが最後、あの鉄棒につるしあげられるんだ。そしてこのエイガンチョウで死ぬまでぶったたかれるんだ。覚悟をしておけ」
そういって彼は毒針のついてアカエイの長いしっぽを、鞭のようにふりまわしてみせました。
こうして私は海の中の恐ろしい監獄島――三菱端島炭鉱で働くことになりました。

ただ、軍艦島クルーズ・ガイドの方は、戦時中に行われた朝鮮人・中国人の徴用については事実であると説明していました。
北海道や筑豊等、各地の炭鉱や建設現場で行われていたタコ部屋労働・監獄部屋労働は、戦争がはじまり、担い手である日本人労働者が不足すると、その募集業務を国家が管轄することになり、法令によって占領地の中国人3や朝鮮人4を徴用するようになりました。

第一 方針
内地ニ於ケル労務需給ハ愈々逼迫ヲ来シ特ニ重筋労働部面ニ於ケル労力不足ノ著シキ現状ニ鑑ミ左記要領ニ依リ華人労務者ヲ内地ニ移入シ以テ大東亜共栄圏建設ノ遂行ニ協力セシメントス
(華人労務者ノ内地移入ニ関スル件)

その労働環境が、このような状況だったので、今も政治的な問題として燻っています。

石炭の終わり

1962年の原油輸入自由化以降、政府は、国の中核となるエネルギー政策を転換し、石油を主軸に経済を成長させていくことに決定します5
ここで石炭産業は国に見捨てられました。

石炭産業の不況により、炭鉱労働者が多数失業者となり、壊れかけの社宅で時間を過ごす人間となってしまいます。

(彼らは)……破壊されつくしているのだ。
人間であればこそここまで持ちこたえてこれたのであって、牛や馬ならとっくの昔に尻をすえてしまっているであろう。いや、そういう言い方もまた決して適切ではない。
……人間は牛や馬になることができればこそ、かろうじて今日まで持ちこたえてくることができたのだ、というべきである。

本書の後半は、炭鉱における労働組合の活動に焦点があてられています。ただし、この領域については私の知識不足もあり、そこまで頭に入りませんでした。
まとめると、中小炭鉱では、労働者の権利を守るための組合活動は、ほとんどうまくいかなかったようです。

大手の労働組合は、すぐつぶれるからとして、中小炭鉱の労働者を相手にしませんでした。
大手炭鉱に所属する労働組合の婦人会は、中小炭鉱の失業者が浴場を使うのを嫌がったといいます。

組合結成の兆候があるものは、経営者によって即座に解雇されました。また、失業者を社宅から追い出すために、暴力団を雇って打ちこわしすることもありました。

関係法令

このような労働がかつて存在したこと、あるいは今も、将来も発生する可能性があることを念頭に置くと、法律の重みを感じます。

〔奴隷的拘束及び苦役の禁止〕

第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。6

(強制労働の禁止)
第五条 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。7

これらの法律も正しく運用され、また働く人間の間で認識されていなければ、絵に描いた餅でしかありませんが。


上野英信
『追われゆく坑夫たち』
出版社:岩波書店
刊行年:1960年

  1. 納屋制度 – Wikipedia ↩︎
  2. 吉岡宏高 – Wikipedia ↩︎
  3. 華人労務者内地移入ニ関スル件|国立国会図書館サーチ ↩︎
  4. 半島人労務者ノ移入ニ関スル件ヲ定ム ↩︎
  5. 【日本のエネルギー、150年の歴史③】|資源エネルギー庁 ↩︎
  6. 日本国憲法|衆議院 ↩︎
  7. 労働基準法|e-gov法令検索 ↩︎
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